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神戸地方裁判所 平成5年(わ)324号 判決

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

未決勾留日数中一一〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

本件公訴事実中覚せい剤所持の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、平成五年五月一八日午前二時過ぎころ、大阪市浪速区《番地略》甲野三一--六〇一号室A方において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶粉末若干量を加熱して吸煙し、もつて覚せい剤を使用したものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人の判示行為は覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条に該当するところ、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、なお被告人は平成四年七月一〇日大阪簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年に処せられ三年間右刑の執行を猶予され、本件の罪はその猶予の期間内に犯したものであるが、情状特に憫諒すべきものがあるから、刑法二五条二項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、同法二五条の二第一項後段によりその猶予の期間中被告人を保護観察に付し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件公訴事実中、覚せい剤の使用については争いはなく、覚せい剤の自己使用一回からなる事案であるが、本件は、執行猶予中の犯罪であるので、この点について検討する。

被告人は、平成四年七月に窃盗罪により懲役一年執行猶予三年に処せられ、その後一年も満たない間に覚せい剤の使用という行為を犯していることから、被告人の反規範的態度は進行していると言わざるを得ない。しかし、本件は、前件とは罪質が異ること、被告人には、覚せい剤事犯での検挙歴がなく、本件以外では数日前に一回使用したのみであり、それも交際していた男性から執拗に勧められ断りきれずに使用していること、二度と覚せい剤には手を出さず、これからは真面目に働く意思のあること、被告人の兄が被告人を自宅に引き取り監督する旨申し出ていることなど被告人に有利な事情もあり、これらを考慮すると、被告人については、保護観察当局の適切な指導援助を加えることにより、今一度、社会内処遇による更生の機会を期待することができると認められるから、今回は保護観察付執行猶予とするのが相当である。

(無罪判決の理由)

本件公訴事実中、覚せい剤所持の公訴事実は、「被告人は、みだりに、平成五年五月一八日午前九時二四分ころ、大阪市浪速区《番地略》甲野三一--六〇一号室内において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩白色結晶粉末約〇・〇六七グラムを所持していたものである。」というのである。

そこで検討すると、被告人の当公判廷における供述及び被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書などによれば、被告人は平成五年五月一八日午前二時ころ、大阪市浪速区《番地略》甲野三一--六〇一号室内においてAから同人が所有する覚せい剤を勧められ、これをアルミホイルの上で火で焙り吸煙した後、Aから東八畳間に移動するよういわれ、アルミホイルに残つた覚せい剤も一緒に持つて行つた事実は認められるが、当時被告人は同棲していた相手と別れたいという気持ちから、まだ知り合つて間もないAの虚言を信じAの家に身を寄せるに至つたこと、被告人は本件行為までに僅か七日間Aと一緒に居住しただけで、その関係も終始Aの従属的な立場にあり、Aの共同生活者としての実態はなく居候的な立場にあつたこと、被告人には今まで覚せい剤の経験が全くなく、今回もAに強く勧められやむなく覚せい剤を使用しており、その使用についても終始受け身であつたこと、覚せい剤を持つて東八畳間に移動したのはAの指図によるものであり、被告人には覚せい剤を使用する意思は全くなかつたこと、Aはこの六〇一号室の居住者であり、どの部屋にも自由に出入りすることができる立場にあつたこと等が認められ、以上を総合すれば、本件覚せい剤の所持がAから被告人に移転したとは認められないので、被告人と本件覚せい剤との関係は、所持の程度に至つているとは認められず、結局本件公訴事実中、覚せい剤の所持については、犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条後段により被告人に対し無罪の言渡しをする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中明生)

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